小田急ホテルセンチュリー相模大野はなぜ閉館?跡地の現在と真相を徹底解説
小田急線相模大野駅の改札を出てすぐ、雨の日でも濡れずにアクセスできた「小田急ホテルセンチュリー相模大野」。相模原市南区の玄関口として、1996年の開業以来25年にわたり地域住民やビジネス客、冠婚葬祭の場として深く親しまれてきました。しかし、2021年9月30日をもって惜しまれつつ営業を終了し、街の風景は大きな転換点を迎えました。
あれから年月が経過した現在、ネット上では「なぜ黒字に見えた好立地ホテルが閉館したのか」「リニューアルして別のホテルチェーンが入る計画はあるのか」「ステーションスクエアの跡地フロアはどうなったのか」といった疑問や憶測が絶えません。本稿では、当時の公式発表資料、鉄道・ホテル業界の構造改革、そして現地取材の知見をもとに、営業終了の決定的な背景と跡地の最新状況を多角的に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2021年9月の営業終了は、コロナ禍による婚礼・大型宴会需要の激減と開業25年目の大規模改修コスト、小田急グループ全体の事業構造改革が重なった戦略的判断。
- 要点2:レストラン「ボン・ロザージュ」のランチや結婚式場など、地域密着型シティホテルとして絶大な信頼を得ていたが、宿泊特化型への転換は構造上困難だった。
- 要点3:跡地となる相模大野ステーションスクエアB館上層フロアは、ホテル再開ではなく複合的な商業・オフィス・ウェルネス機能等への再編が進み、街の機能更新が定着している。
【真相解明】小田急ホテルセンチュリー相模大野が営業終了に至った3つの決定的な理由
小田急ホテルセンチュリー相模大野の撤退劇は、単なる一ホテルの不採算問題にとどまらず、私鉄系シティホテルが直面した時代の構造変化を浮き彫りにしています。運営を担っていた株式会社小田急リゾーツが営業終了を決定した背景には、密接に絡み合う3つの決定的要因が存在しました。
第1の要因は、婚礼・大型宴会事業の壊滅的打撃です。同ホテルは単なる宿泊施設ではなく、地域最高峰のグレードを誇る大宴会場やチャペルを備えたフルサービス型シティホテルでした。同窓会、企業の周年パーティー、自治体関連の会合、そして結婚式が収益の大きな柱となっていましたが、2020年からのパンデミックによってこれら高収益部門の稼働率は急落。大人数が集う社交場としてのビジネスモデルが根底から揺らぎました。
第2に、開業25年目を迎えた施設・設備の老朽化と莫大な更新投資の課題です。1996年11月、大型商業施設「相模大野ステーションスクエア」とともに開業した同ホテルは、空調設備、給排水配管、客室の電気系統、宴会厨房設備など、躯体インフラの大規模修繕サイクルに直面していました。将来にわたって投資回収が見込めるか精査した際、フルサービス型を維持したまま数億円規模の改修費を投じることは極めてリスクが高いと判断されました。
第3は、小田急電鉄グループ全体で断行された事業構造改革です。小田急グループは経営方針として、固定資産を抱える重厚長大型のホテル運営から、資産効率を重視したポートフォリオ再編へと舵を切りました。新宿の本拠地再開発や箱根エリアの観光リゾートへの選択と集中が進められる中、郊外ターミナル駅における総合型シティホテルの直営継続は見直し対象となったのです。

地域の社交場だったレストラン・宴会場・結婚式の思い出と利用者のリアルな声
駅直結の利便性と上質なホスピタリティを誇った同ホテルは、相模原・町田エリアの住民にとって特別なランドマークでした。閉館の一報が流れた際、SNSや地元掲示板には驚きと喪失感を吐露する声が溢れました。
特に親しまれていたのが、グリルキッチン「ボン・ロザージュ」のランチビュッフェです。シェフが目の前で仕上げるローストビーフや季節のスイーツフェアは、ママ友の会食や家族の記念日における定番スポットでした。また、中国料理「相模坊」はビジネス接待や両家の顔合わせに重宝され、「相模大野で上質なおもてなしを受けるならセンチュリー一択」と評されるほどの信頼を勝ち得ていました。
宴会・ウェディングの場としての存在感も際立っていました。地域住民の生の声からは、次のような実感が寄せられています。
「成人式後の同窓会も、両親の金婚式もセンチュリーの大宴会場でした。スタッフの気配りが素晴らしく、地元に誇れる場所だっただけに、営業終了を知ったときは家族全員で言葉を失いました」(南区在住・40代女性)
「ここで結婚式を挙げました。駅直結で遠方からの親戚も呼びやすく、料理も絶品。思い出の場所が消えてしまう寂しさは計り知れません」(地元出身・30代男性)
ネット上の口コミ評判を振り返ると、客室単体の評価にとどまらず、「スタッフの洗練された所作」「安心感のある接客」を称賛する投稿が圧倒的多数を占めていました。それだけに、単なる商業施設の退去とは一線を画す感情的な反響を呼んだのです。
【データ比較】営業当時のホテルスペックと近隣宿泊施設の現状
かつての小田急ホテルセンチュリー相模大野が担っていた役割の大きさを理解するため、閉館当時の諸元と、現在相模大野・町田エリアで利用可能な宿泊施設群のスペックを比較検証します。
| 項目 | 小田急ホテルセンチュリー相模大野(閉館時) | 近隣の主要競合(町田・海老名方面) | 編集部の見解・分析 |
|---|---|---|---|
| 施設カテゴリー | フルサービス型シティホテル | 宿泊特化型ビジネスホテル/限定的シティ | 相模大野駅至近には本格的シティホテルが皆無に |
| 客室数 | 120室(シングル・ツイン・スイート等) | 100〜200室規模が中心 | 客室比率はコンパクトで、料飲・宴会比重が高い構造 |
| 料飲・宴会施設 | 直営レストラン2店舗・大中小宴会場・チャペル | 朝食会場のみ、もしくはテナント飲食店 | 冠婚葬祭や大規模コンベンション機能が完全に喪失 |
| 駅直結アクセス | 相模大野駅直結(ステーションスクエア内) | 駅徒歩2〜5分圏が主流 | 雨天時や移動の快適性において圧倒的な優位性だった |
データを見れば明らかなように、客室数120室に対して大規模宴会場と複数の直営レストランを抱える構成は、バブル崩壊後の設計とはいえ「昭和・平成の総合結婚式場・シティホテル」の面影を残すものでした。宿泊特化型ホテルが客室稼働率と人件費最小化で高効率を叩き出す中、固定費の重さが事業継続のネックになったことは否めません。

跡地は現在どうなっているのか?相模大野ステーションスクエアの変遷とリニューアルの真相
ネット検索で頻繁に見受けられる「小田急ホテルセンチュリー相模大野 リニューアル真相」や「別のホテルが入居したのか」という疑問ですが、結論から言うとホテルとしての再開業は行われていません。
ホテルが位置していた「相模大野ステーションスクエアB館」の上層階(7階〜14階エリア)について、閉館当初は「外資系ホテルチェーンへのリブランド交渉が進んでいるのではないか」「客室を改装した宿泊特化型ホテルとして再オープンするのではないか」といった噂が飛び交いました。しかし、給排水インフラやエレベーター動線の改修コスト、近隣の町田エリアとのホテル供給バランスを考慮した結果、小田急グループは宿泊業からの完全撤退を選択しました。
現在、相模大野ステーションスクエアを管理・運営する株式会社小田急SCディベロップメント主導のもと、跡地フロアは「商業、ウェルネス・医療モール、オフィス・地域コミュニティ機能」への段階的転換が図られています。かつてのフロントやロビー、宴会場が存在したフロアは、駅直結の立地特性を活かしたクリニックフロアやサービス型テナント、フィットネス、カルチャー関連施設として再整備され、地域住民の日常的な利便性を支えるインフラとして息を吹き返しています。
豪華絢爛なシャンデリアが輝いたホテル空間は姿を消したものの、建物を解体することなく、駅ビル全体の回遊性を高める機能更新が行われたというのが真相です。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
閉館から時間が経過したことで、事実と異なる認識が一部で広がっています。ここで代表的な3つの誤解を正しておきましょう。
第1の誤解は、「相模大野駅前の再開発によってビル自体が建て替えられた」という言説です。実際には、駅ビルである相模大野ステーションスクエアの躯体はそのまま維持されており、A館の商業フロアやB館の主要テナントは平常通り営業を続けています。失われたのは「ホテル部門の機能」であり、建物が消滅したわけではありません。
第2の誤解は、「赤字垂れ流しによる突然の破綻だった」という見方です。小田急リゾーツは閉館の半年前となる2021年3月に公式発表を行い、計画的かつ整然と営業終了の手続きを進めました。地元顧客への挨拶回りや予約客への振替対応など、長年培ったブランド価値を損なわない丁寧な幕引きが行われたのが実態です。
第3の誤解は、「小田急のセンチュリーブランドが全滅した」という思い込みです。小田急ホテルセンチュリーサザンタワー(新宿駅南口)は現在も営業を継続しており、ブランド自体が消滅したわけではありません。郊外型と都心特化型という立地特性の違いが、存続の分かれ道となったのです。
【プロの結論】相模大野周辺で宿泊・宴会・会食を検討する人の判断基準
相模大野駅周辺のホテル事情が激変した今、目的や用途に応じてどのように施設を選ぶべきか、明確な基準を提示します。
【向いている人・おすすめの代替アプローチ】
- ビジネス宿泊・純粋な寝泊まりを求める方:小田急線で1駅の「町田駅」周辺に集積するビジネスホテル(ホテルリソル町田、東横INN等)や、小田急相模原駅至近の宿泊施設を選択するのが最適です。相模大野駅周辺の宿泊キャパシティが限られているため、初めから1駅移動を前提にする方がコストパフォーマンスに優れます。
- 記念日ディナー・家族会食を求める方:ステーションスクエア内の高層階レストラン街や、小田急線で直通の「海老名」「新宿」方面への移動を推奨します。特に海老名駅周辺には近年オープンしたホテルレストランが充実しており、相模大野から10分程度で上質な空間を確保できます。
【避けるべき判断・慎重になるべきケース】
- 「相模大野駅直結で100名規模の宴会・冠婚葬祭」を計画すること:現在、相模大野駅至近には大規模なバンケットルームを持つ施設が存在しません。この条件で施設を探すのは時間を浪費する原因となるため、町田駅周辺のシティホテルや新横浜・横浜エリアのホテルを早期に確保するのが賢明です。

【小田急 ホテル センチュリー 相模 大野】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:小田急ホテルセンチュリー相模大野が閉館したのはいつですか?
A1:2021年9月30日の宿泊・営業をもって完全に営業を終了しました。1996年11月の開業から約25年間の歴史に幕を下ろしました。
Q2:跡地に別の新しいホテルが開業する計画はありますか?
A2:2026年現在、ホテルとしての再開業計画はありません。相模大野ステーションスクエアB館の上層フロアは、医療、ウェルネス、オフィス、生活支援サービスなど、駅直結の複合型フロアとして転用・活用されています。
Q3:かつて人気だった「ボン・ロザージュ」のランチビュッフェの味を他で楽しむことはできますか?
A3:ボン・ロザージュ自体は営業を終了したため同一の店舗はありませんが、小田急グループの旗艦ホテルである「小田急ホテルセンチュリーサザンタワー」(新宿)のレストランや、箱根エリアの小田急リゾーツ運営施設において、グループが受け継ぐ高品質な調理技術とホスピタリティを体験することが可能です。
まとめ:相模大野のランドマークが残したレガシーと街の未来
小田急ホテルセンチュリー相模大野の営業終了は、ひとつの時代の終わりを告げる象徴的な出来事でした。華やかなウェディングドレス、家族で囲んだ笑顔あふれるビュッフェのテーブル、そして駅前に灯り続けた温かな明かりは、四半世紀にわたり相模大野という街の品格を支え続けました。
ホテルという形態は失われたものの、その跡地は相模大野ステーションスクエアの重要な一部として、人々の健康や日々の暮らしを支える実用的な空間へと進化を遂げています。都市の機能は時代とともに形を変えますが、地域住民の記憶に刻まれた「センチュリーの思い出」は、これからもこの街の豊かな歴史として語り継がれていくはずです。 (出典: 小田急 ホテル センチュリー 相模 大野(Yahoo!ニュース))